nature and tech.

地球平和の前に家庭平和の前に自分平和

木蓮について語らせて

花はなんと春を祝福してくれようか。

f:id:mindlogchihiro:20210323101435j:image

名前の通り、ハスのように大きな花を咲かせ、木蓮は本格的な春を桜より早く知らせる。

 

f:id:mindlogchihiro:20210323101819j:image
f:id:mindlogchihiro:20210323101823j:image

今年は木蓮の花が咲く頃にたくさん枝を切って、あらゆるところに活けて楽しんでいる。保育園にあげたり、子どもたちと花びらをめくって遊んだり、この一瞬の美しさを堪能している。店の前にも大胆に飾っているが、特に女性の反応がよい。私も見るたび心を奪われる。

f:id:mindlogchihiro:20210323101857j:image  f:id:mindlogchihiro:20210323101826j:image

肉厚でありながら繊細さもある花びら。大きさ、色合いはハッキリと主張する。香りは落ち着いた深みがあり華美でない。派手に散る。木は成長が早く、毎年多くの枝を新しく伸ばす。

f:id:mindlogchihiro:20210323102040j:image

(3/21の大雨で散った)

今更ながら母校の女子学院のシンボルフラワーである意味がわかったような気になる。千代田区一番町に咲くマグノリア。校庭が緑と赤のゴムみたいな無機質な学校で、唯一憶えた植物だった。文化祭の名前もマグノリア祭と言ったから、中学生の時から私にとって特別な花であったが、今はもっと愛してる。

f:id:mindlogchihiro:20210323102125j:image

うちの木蓮は高さは二階に届く大きさで、冬から取り組んでいる、屋根の修繕や二階増築作業(セルフビルド)では、ずっと同じ高さにいた。作業の合間に膨らむ花芽を感じながら、どこを切ろうか考えるのが楽しかった。

f:id:mindlogchihiro:20210323102122j:image

ウルスコパレスと呼んでいる我が家と義親の住む母屋の間にあり、2年前に母屋へ渡り廊下を作った、ちょうどその横。子どもたちと木に登って遊ぶし、夫が「木蓮を階段にして母屋の二階に行けるようにしたい」と言うから、私もそれをイメージして剪定した。

 

昨年まではお義父さんが剪定していたが、今年からは私がその役を買って出た。「剪定とは人と木の関係性」だと思う。木があるところに人が家を建てたり、人に植えられたりして、木はひとつの場所を動かず、そこに生きる。庭の大きさ、建物との位置関係、住人の毎日の暮らしの導線、様々な生活感あふれる条件とともに、春夏秋冬を生きて、切られる。

 

毎年梅の剪定についてもあーでもないこーでもないの話になるのだが、実を取るためだけに梅の木と付き合っているんじゃない、と花の匂いに包まれて、思った。だから人の剪定に文句を言うのはほんとナシにしたほうがいい。それぞれの関係性があるのだから。

 

 

 

木蓮花言葉は「自然への愛」だって。こちらに移り住んだ私にぴったりでますます好きになった。