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地球平和の前に家庭平和

子どもを“小さい大人”にしない

ムスメが通うこども園は園長先生はじめ先生がすごく良い。まだ通い始め1年もたたないが、先生方は子どもとの接し方に共通認識をきちんともっていると信頼がおける。制服もなく、前ならえもしない。子どもの意思を尊重してくれる。

 

親同士がなんでも話せる場「草の実会」も園に感動した取組のひとつ。学期に一度あるこの会では、毎回参加者が子どもとのことを話しながら泣いてしまい、こちらももらい泣きしてしまう。参加した先生も涙。毎度、いい園だな〜としみじみと思う。

 

先日開かれた会のテーマは「子どもの育ちは親の気づきから」。

 

子どもが何か言ってきたとき、行動したとき、本当は今何を伝えたくてそうしているのかをまずは親が「聞く」こと。大人の都合でつい「今忙しいから待って」と言いたくなるが、そこを一瞬こらえて「聞く」。子どもはそれだけで「自分を認めてくれた」安心感を持つ。子どもが何を伝えたかったのかわかれば、親も然るべき反応ができる。そうするとかえって後々30分もグズられなくて済んで楽でもある。

というのが園長先生のお話の骨子。

つい先日、「ほんのちょっと待って」「少しは待てなきゃだめ」「キリがいいところまでちょっとだけ待って」を連発し、待ち時間は実際30秒くらいだったものの、ムスメはその後1時間以上はご機嫌斜めで、大変だったのと、かわいそうなことをしたと反省していた所だった。

ムスメ(3歳)には特にパソコンワークは強制終了させられるため、ムスメのいる空間ではしなくても済むように日々時間の使い方を工夫しているが、この時はたまたまムスメが母屋(敷地内に義親の住む母屋と私たちの住むurschopalaceの2軒がある)に遊びにいっていたのでその隙に書き物をしており、前ぶれなく帰ってきたムスメがパソコンの前に飛び込んできたのである。

今忙しいからって、子どもにとってはそんなの知らないよって話。3歳が大人の理屈を理解するのは難しい。子どもを“小さい大人”にしないでほしい。子どもは本気で「今したいことができる」んだから、それはすごいこと。例えば突然「きゃーーー!」って大きな声出すとか、ほしいおもちゃのために友達とけんかするとか。(もちろん、命を危険にさらすようなことがないように大人が見守り、制御することはあっても)

 

園長先生、タイミング良過ぎて、しみます。

 

親になる前までの私はありがたいことに「高度に集中すること」を歓迎される環境にあった。世界中には勉強したくても家のために働かなくてはならない子どもや、家族や学校などのコミュニティに問題がありそれどころでない人々、戦禍に巻き込まれそんな願いを持つにもほど遠い人々は何億といる。幼少期も社会人になっても、私の場合基本的には理性的な善人しか周りにおらず、理不尽な差別や政治に巻き込まれることもなく、まっとうなプロセスを経れば「やりたいこと」の多くが実現してきた。

「高度に集中すること」の実現を邪魔してくる存在はほとんどなかったのだ。。子どもを産むまでは。。子どもはいくら理性的な説明をしても、しっかり準備をしても、思った通りに進まないことばかり。私は自分が“高度集中状態フェチ”だということがわかった。。しかしこれからは、“絶好調で作業中のパソコンが急にフリーズするときのイライラ”を始めから感じないようなマインドでいることが大事だとちょうど思っていたところ。

 

さて、「草の実会」で園長先生の話を受け、普段のムスメとのやり取りについてひとつ疑問が浮かんできた。長くなるので、続きは別エントリーにて。



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