nature and tech.

地球平和の前に家庭平和の前に自分平和

エッセイ20180214

エッセイ20180214

 

ムスメさんインフル3日目。夜中と起き抜けに吐き気と強い腹痛を訴え、トイレで泣いて暴れる。この時は私もかなり不安になった。

「今までで一番お腹が痛くて、苦しくて、怖くて、不安なんだね」

共感するのは彼女を安心させたいから。でも、冷静さを失ったムスメさんには通じない。しかしながら、ことばに出すと私自身が落ち着いた。

 

布団に寝かせ、ユーカリエッセンシャルオイルを入れた椿油でお腹をマッサージする。マッサージというのは、相手の気持ちになる、相手の身体になるような体験で、すごく共感的だと思う。ムスメさんによると、下腹部にいつもと違う感じでウンチが止まっているらしい。昨日処方された整腸剤がかえって良くなかったのかもしれない。下腹部にじっくり手を当てる。たしかに硬いところがある。全身全霊。人の腸をよく感じるというのもそうない経験だ。しばらくそうしていると「もう痛くない、だっこがいい」と言う。もうすっかり痛くなくなったらしい。良かった!安堵。

 

しばらく休んだら、午前中には熱も36度台で、スッキリした表情に戻っていた。食欲も出てきた。夫とムスメさんの回復の早さに驚く。病気を跳ね返す力がある。スリランカに行った時も、途中空港か飛行機で拾ったと思われるインフルになってしまい、ムスメさんはすぐに治ったが、感染った夫は長くかかったのを思い出した。異国での初夜、2歳になる前のムスメさんが高熱で何度もゲロを吐き、生きた心地がしなかった。家族は病気の度に試される。

 

お昼前にはムスメさんはエナジェティック!と言えるほどに元気を取り戻していた。お布団にじっとしていられなくて、プランターにいた謎の水生生物を見に行きたいと庭を散歩したり、一緒に折り紙をしたり。元気を取り戻して、しかも、弟隔離により、ママを独占できるのが、最高に嬉しいらしく、テンションが高い。インフルの高熱で幼児が異常行動を起こすという事例があるが、ムスメさんもいつもよりハイパーでリアクションがやたらデカイ。でも総じて楽しそう。

 

午後は私が今年度から委員をやっている田原市廃棄物処理対策推進協議会。夫が私のその予定を忘れていて、お客さんの予約を入れてしまう。お義母さんは予約してあるから、坊やは大丈夫。ムスメさんは元気だけど感染力がまだあるからどうしよう。しかもムスメさんは「どうしてもママと一緒に行きたい」といつものセリフ。迷ったけど、ムスメさんの元気っぷりに、私も出たかったので、一緒に行くことに。市の会議だけれど、過去にも「ママと一緒にいきたい泣」が理由でムスメさんを同席させていて、問題なく過ごせた。病み上がりで不安もあり、公衆衛生の観点で言うと批判されても反論のしようがないけれど、連れて参加。

 

結果、参加できて有意義だった。ムスメさんも大人しく折り紙しており、そんなにご迷惑はおかけしなかったと思う。こういう場にも子連れで行く人がいた方が、行政に多様性のある意見を取り入れるのにも、いいのよ!と周りからも励まされている。ここは田舎でみんな知り合いの知り合いは皆知り合いというような牧歌的な雰囲気もあり、子連れでも変な気持ちにさせられることは無かったので、嬉しい。

 

少し買い物をして帰宅、ムスメさんはすっかり元気だが今晩まで別で食べることにした。今日も鍋、かつおだし、魚醤、朝の残りの味噌汁、お義父さん作の切り干し大根の戻し汁でお出汁を作り、切り干し大根を具に入れてみる試み。鈴木農園のトマト、お義父さん作レタス、村の人にもらったセロリ、買った豚肉。上手くできたし、ムスメさんも残さず食べた。つまみは二日続けてフキノトウの天ぷら。

 

ムスメさんが回復して晴れやかな気持ち。やはりもらった薬は8割が残った。

エッセイ20180213

エッセイ20180213

今朝受診したところ、インフルエンザA型だった。私自身2週間前にインフルエンザになって治るのに6日はかかった。風邪と同じで休んで熱でウィルスをやっつけるのが基本と知り、私や夫は受診もせずそうした。自分の身体のことならなんとなく自信も持てるが、子どもの身体となると彼女の生命力への信頼感もあるが、圧倒的に不安の方が勝つ。半日程度しか回復は早まらないと言われている抗ウィルス剤を飲ませる。私自身5日熱が続いたので、少しでも楽な方がいいかと。また診察や投薬の意味は、本人や家族が少しでも心を落ち着かせて過ごせるかどうか。改めて、自然療法のみで経過を観察し続ける親はとんでもなく肝が座ってると尊敬する。ワクチンすべきか否かの議論もここに尽きる気がしている。

 

しかしながら子ども医療は無料だからと、解熱剤兼鎮痛剤、鼻水と痰切りの薬、下痢してるので整腸剤と、たっぶりのケミカル処方にはやはり心地の悪さを感じる。現代医療を信頼していないわけではない。ただ、何事もやりすぎはいけない。薬いつも残って捨てるし。それは税金の使い方の問題でもあり、解決法=薬多めに出しとくという常識への懸念でもある。そしてお医者さんに薬少なめでいいです、とコミュニケーションできない自分がいるのも確か。

 

自分のことなら自分で決めればいいが、子どものことは親という立場だから私が決めなくてはならない。ムスメさんや坊やが暑いかな、とか私の身体にリンクして感じられることもあるけれど、言うても別の人間だ。子が小さいと、医療の必要性など、あらゆる場面で選択権が委任される。私は親5年でこれに未だに慣れない。子の代わりに決めることが負担に感じる。子にとって間違った選択をしたくない、という恐れ。ベストな選択をしたいという願い。自分のことなら自分のせいで納得できるけど、親が決めたってことで嫌な思いはさせたくない。裏を返せば、私は自分のことは自分で決めたいという強いニーズを持っている。(自分のことを人に決められたくない)だから子どもにも同じようにある程度の判断力がついたら、自分のことは自分で決めて欲しいと願っている。

 

なんとか11時までに家に戻り、ムスメさんを寝かせて、待ちに待ったNVCの講座。途中なんどか子どもたちが私を必要とするので抜けたが、気になっていた「リクエスト」について話をすることができた。

 

NVCには大きく4つのステップがある。

(1)観察

(2)感情

(3)ニーズ

(4)リクエス

 

感情とニーズについてはここ3週間の日記でも意識して書いてきたので興味ある方はあれば読んでほしい。

 

観察について。NVCでは散らかっている部屋について、「また汚い、いつも言ってるでしょ、片付けなさい!」とは言わず、「靴下が三足、漫画が二冊、おもちゃが五つ落ちているね」と事実を観察して伝える。「また」「いつも」「汚い」などは評価であり、観察ではない。ポイントは観察がイヤミにならないこと、つまり、言い負かしてやろうとか罰を与えてやろうとか打算しないマインドセット。あくまで、ニュートラルに、これこそが一番難しいような気もしているが、NVCという言語で世界を捉え始めてからのこの3週間くらいは割と心が落ちてついているからできそうな気もする。NVCを学び始めてから、例えばおとといのムスメさんの「行かないで」にも、冷静に対応できたし、何よりNVCを試すときがキターー!と思うとピンチはチャンスになる。自分がNVCを取り入れるだけで、人との接し方が変わり、関係が変わり、世界が変わって見える。自分が世界を変えられることがあるとするとこういうことだと思う。まさに地球平和の前に家庭平和、その前に自分平和。

 

そしてリクエストは関わる全ての人の人生が良くなるような選択肢を一案として提案することだ。あくまで疑問形で相手にどうしたいかを聞く。またプラクティスができていないので、なんだかよくわからない。

 

午後はムスメさんとくっついて過ごすが、四時過ぎてになって、ここ2日ほとんど関わっていない坊やと過ごす時間にする。久々に見ると益々かわいい。

 

夜ご飯は義親と母屋で食べているので、夕飯は私が作って、食べて早々に夫と交代。お義父さんが取ってきた牡蠣の冷凍、お義父さん作の白菜、人参、生姜、ネギ、買ってきた豆腐、糸こん。味付けは昆布、魚醤、お義母さん作白菜漬けが浸かりすぎたやつ。つまみにフキノトウの天ぷら少々。

ウルスコパレスへ戻りムスメさん看病。熱は37度台に。気分は最悪からは抜け出した感じのムスメさんと抱き合って眠る。

 

エッセイ20180212

エッセイ20180212

 

昨晩からムスメさん発熱、昼頃には39度を超えてダルそう。ここ一番で甘えん坊になる。病気の時の心細さ、不安は、お母さんのだっこや身体をさする手で癒される経験は私にもある。だからなるべくつきっきりでいてあげたい。

 

話を聞くとインフル特有の身体の痛みはないようだけど、少しでも楽にしてあげたくて、全身をユーカリ入りの椿油でマッサージしてあげる。背中はミントのエッセンシャルオイルで、と思ったけど見当たらなかったからタイガーバーム。背中を木櫛で撫でると、気持ちが良くて、ムスメさんは楽になるらしい。10代の頃、アメリカに留学していた時、高熱が出て苦しんでいたら、台湾に住んでいたというホストファミリーの友人が背中にハッカ系のオイルを塗って木のヘラみたいなので撫でてくれ、すごく楽になった経験がある。それを思い出して以前から子供にも木櫛を使ったマッサージをするようになった。はもちろん髪をとかすのにもつかうのだが、身体の滞り(とどこおり)を取り去る道具だと私は感じている。

 

昨日から坊やは母屋に隔離。おばあちゃんと寝ている。この日私はほとんどウルスコパレス(こちらの家の呼び名)にいて、坊やとはほとんど交流していない。

 

ムスメさんは何度か眠ったり、Netflixを見たり。なんどもオイルマッサージをしてもらったり、布団で飲み物を飲ませてもらったり、私にずっとくっついていられるのは嬉しそうだった。夜には40度を越え、寝ながら笑い出すのには私も夫も焦った。後から聞いたら、私たちの話し声が歌になって聴こえて笑えたらしい。病気で不安な気持ちもあるけど、風邪と同じでこの熱がウィルスと戦ってる証だと信じて、ムスメさんを休ませて気を楽にしてあげるしかない。いつもすぐ何処かへ行ってしまう母が近くにいることにムスメさんは満足しているようでもあった。昨日やけに愚図ったのは、すでに体調に異変があったこらだろうか。母が何処かに行ってしまうという騒ぎのあとで、病気になり母を引き止められるようになったとは、もうそういう流れだったんだとしか思えない。