nature and tech.

地球平和の前に家庭平和

エッセイ20180205

エッセイ20180205

 

当たり前のことだが、生き方は人の数だけある。

 

実家最寄りの駅の眺めでそう思った。東京郊外の静かな住宅街を徒歩3分、別にお腹が空いているわけでもないのに、駅でパンとコーヒーを買う。なぜなら、ひとり身で身体があまりに軽い!いつもとは違う、都会での自由を満喫しているのだ。

 

初めて実家の母に坊やを預けて出てきた。母とすっかり遊び仲間のムスメさんに、「じゃあ後はよろしく。」と声をかけて出てきた。サムズアップで見送ってくれる5歳の頼もしいことよ。坊やは今頃ママを探しているだろうか。この少しの後ろ髪引きつり状態で自由に向かって最初の一歩を踏み出すのも母の訓練だ。

 

冷たい空気の中で普段しない1人の買い食いをしながら、改めて、田舎に暮らすことになった自分の人生を不思議に思う。もし夫と出会わなければ、当然、私はこの沿線上に住んでいたことだろう。勤めのワーキングマザーだったろう。0歳の4月から保育園に子を通わせて、11時間保育をお願いしていただろう。実家の母にこうして頼り、町の風を浴びて速足でよく歩く都会の母。

 

多くの私の女友達がそうしているように、私もそうだったろう。買い食いの最高峰のようなお洒落なカフェの朝御飯を親友のゆりこがインスタに上げるが(双子育児の合間の彼女の勉強タイム。働き育児し学位もとる。)私は病み上がりに義母の作る味噌汁を朝御飯に食べているのだ!その違いが、暮らしの違いを露わにするのだけど、なんとなく、どんな暮らしをしていても、親であることの悩み、働くことへの喜びみたいなものが一緒くたになって生きてるってところは似たり寄ったりな気がしている。単にゆりこには共感のベースがあるということなのかもしれないが。

 

今日は2人の友人に会いに椎名町まで。今は軽井沢風越学園の設立準備事務局をしているタツミさんと、椎名町でまちの家庭科室兼カフェを運営しているさとちゃん。2人とは全然違う経緯で知り合っているのだけど、これから軽井沢でニュープロジェクトを一緒にやっていくらしい。楽しみですね。教育も、福祉も、分けない、混ぜる。私自身ガイアックス時代にスクールガーディアン事業を立ち上げていじめや貧困の問題を知り、また自分の産後うつや、家族が病んだ経験から、弱き者と社会、家族がどうしたら楽に生きていけるのか、関心を持っている。

 

そんな2人と一緒に話してみたかったのと、母やりながらどう仕事しているかが気になり。そして私も最近始めたイドバのこともあり、様々な人が集まる居場所みたいなものにも興味があった。

 

やりたい事をやりつつ、母をする、でも自営業だと、働くのも子との時間もどこまでも自分次第。定常的に保育園を使うかどうかは、点数制度も、保育環境への信頼感も、東京ではそんな気軽な選択肢でさえないと聞く。

 

彼女たちの話で改めて知るのは、当たり前だけれど、やりたい!と思った時、自分でアクションするからこそ、仕事があるということ。子どもがいながらにしての仕事つぅのは物理的に成り立たないことはやはりあり、場面によってベビーシッターなどを使うこと。それでも「子の性格によっては一緒にいても成り立つ」と二番目の子と現場にたっているさとちゃん。「いろんな町の現場に入っていくのに私1人より、娘と一緒のほうがよっぽど変な人やないし笑」さとちゃん親子の姿は色んな人が出たり入ったりするその場に自然なものだった。長崎二丁目家庭科室では地域のおばさんと赤ちゃん連れのお母さんたちが編み物をしたり、作品を展示していた障害者の方がお茶を飲みにきたり、ミシンで何か直したいという人が相談にきたり、と、誰もが立ち寄れる、ただのカフェのように一過性ではない、交流があった。

 

タツミさんとさとちゃん。この世界に自分の夢見る光景を実現させたいという強い気持ちと行動力のあるひとたち。その一筋がすーと通っている人たちが、満足できる保育を見つけ誰かに我が子を託しつつも、やはり母としての時間や気持ちをたくさんに使っている現状。そして彼女のたちが近いうちに東京を離れて軽井沢へ行くことも、なんか嬉しかった。生き方に共感する。働き方は生き方だ。でも自分の仕事をする前に、子どもが良く生きられること、その環境を手配することがまず最初の仕事であるのは間違いないね。

 

そういえば、渋谷とか池袋とかに久々に降り立ったら、旅人がとる写真集を見ている気分になったのだけど、一番気になったのは渋谷駅の山手線のホームの天井に貼られたビニールとチューブによる雨漏り集め装置。よく見たら、最終到達点はひっそりとペットボトルにチューブから汚水が貯まるようになってた。是非見てみて。