nature and tech.

地球平和の前に家庭平和

丁寧であること、有難いこと。(梅仕事2017)

我が家はお義父さんが植えた梅の木が40本以上ある。毎年この時期になると、梅の実の収穫に、梅シロップや梅干し作りに忙しい。昨年くらいから一連の梅仕事を義親から私たち世代に任せてもらうことにしている。

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前から梅の木に名前をつけたいと思っており、今年やっとそれができた。生きてるものはどれも違う。それぞれを生命体として認識して付き合っていくのに名は役に立つ。

無農薬なので、オビカレハ(という毛虫)が出たら風の谷の胞子さながらバーナーで焼く。虫たちをこの手で焼き殺す。この梅の実は彼らの犠牲の上に成り立っている。農薬を撒けばその詳細には目を向けなくてもやり過ごせるのかもしれない。

そしてスーパーでは見ないかもしれないガサガサと傷のある実や果汁が滲み出た実もある。

先日恐れ多くも講師という立場で半島内の料理教室のmeguriyaさんに呼んでいただき9名で梅エキス作りをしたのですが、主宰の由季子さんはじめ、そこにいらした方々が、梅に傷があることも気にしないし、種ギリギリのところまで実を取るし、電動ジューサーの量産スタイルではなく手で擦りおろすのを好まれたり‥と、梅を丁寧に扱ってくださったのがとても印象的で。(当日の様子はこちら

生きるということは、自分以外の生命を食べ続けるということでもある。
考え方としては当たり前だけれど、それほどまでに生命を丁寧に扱っているか、と聞かれればどうか。

なのにおろし金を好んで使われていた方々に、ここにある梅を一気に終わらせなければ!という使命感で「電動ジューサーのほうが早いと思うんで」と何度か言ってしまったことを反省。やりたいようにやればいいじゃん。やり方を指示されるのが自分では嫌いなくせに、ヤッチマッタ。終わらなくて余っても、残りの生梅は持って帰ってジュースとか梅酒とかできるからいいのに。

 

大量にものがあると「たくさんあるからいいよ」という心理が働く。

たくさんあるから、
残してもいいよ。
テキトーでいいよ。
代えればいいよ。
一個一個見ていられないよ。
時間かけてられないよ。速くしないと。

そういう世界観で私はずっと生きてきたな〜と感じた。現代病。
 

梅がさばききれないほど大量にあるということは字のごとく「有難い」んだ、ということを、今一度学ばされました。